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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)9139号 判決

原告 星名八太郎

被告 太田正好

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨。

第一

被告は原告に対し東京都渋谷区向山町八十六番地家屋番号同町三百七十六番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪十坪六合六勺二階七坪(事実上は同町八十八番地所在、家屋の実測は間口〇、七六間奥行三、五間の建坪二坪六合六勺の物置を含む建坪十三坪六合六勺二階七坪二合五勺)の内右物置を含む階下九坪六合六勺二階四坪(別紙図面中点線をもつて囲まれた部分)を明渡し且つ昭和三十二年一月二十日以降右部分の明渡ずみに至る迄一ケ月六百三十二円の割合による金員の支払をせよ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決および仮執行の宣言を求める。

第二

右請求の中右物置の明渡を求める部分が容れられないときには被告は原告に対し前掲家屋の内右物置を除く階下七坪二階四坪(別紙図面中点線をもつて囲まれた部分から斜線の部分を除いた残余の部分)を明渡し且つ昭和三十二年一月二十日以降右部分の明渡ずみに至る迄前同一の割合による金員の支払をせよ、被告は原告に対し右物置(右図面中斜線の部分)を収去しその敷地を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする、との判決および仮執行の宣言を求める。

二、請求の原因。

(一)、請求の趣旨第一記載の家屋一棟(物置を含む。以下右家屋を本件家屋と略称する)は原告の所有に属する、即ち本件家屋は元訴外藤田キクの所有に属していたが右藤田は訴外須永トミに右須永は訴外中島国光に右中島は訴外米山元治に右米山は昭和三十一年三月十二日原告にそれぞれこれを売渡してその所有権を移転したが原告に対するその移転登記は中間登記を省略し同日訴外中島国光から原告えと直接経由せられた。然るに被告は原告に対抗しうる何等の権原なくして昭和三十一年三月十二日以前から本件家屋の内原告が請求の趣旨第一において明渡を求めている部分(物置を含む。以下右部分を係争部分と略称する)を不法に占有している。

(二)、仮に被告が係争部分につき原告に対抗しうる賃借権を有するとしても、原告は被告に対し係争部分の明渡を求めるにつき左記正当事由がある、即ち原告は家具工であつて本件家屋を買受けるに至つた頃以前から実兄所有の家具工場の二階の六畳間一室を他に移転先が見付かる迄という約束の下に一時無償で借受けここに妻と子供二人と共に居住しているのであるが右工場は階下が全部家具製造の仕事場として使用され居住用には適しない又階上の内居住できる室は原告の使用している六畳一室の外四畳半一室があるけれども同室には家具職人が二、三人居住しているのみならず階上のその他の部分は勿論右二室の一部分にすら製品の椅子机等の家具類商品見本等が置かれ右二室とも辛うじて寝食ができる程度の広さに過ぎない原告は右居住場所から別の家具類の製作所え通勤しているのであるが本件家屋を買受けるに至つたのは当時売主の米山元治から被告と右米山との間には何等の賃貸借関係はなく被告は不法に係争部分を占有しているのであつて被告は一ケ月以内には係争部分を明渡すと言われてこれを信じ又本件家屋は通勤に便利なところにあつたことでもありこれを買受けるに至つたのである然るにその当時から現在に至る迄被告は本件家屋の内玄関から入つて左側の階下六畳二階六畳の各一室と物置等を占有しこれを明渡す意向がない又玄関から入つて右側の階下四畳二階六畳の各一室は売主の米山が占有し玄関便所勝手等は被告と米山らが共同で使用している原告としては本件家屋に居住することができないので実兄と共に甚だ迷惑しているこれに反し被告は他に家屋を数戸所有しその転居先には困つてはいないよつて原告は昭和三十一年七月十八日被告に対し内容証明郵便により自ら本件家屋を使用する必要があるとして係争部分についての賃貸借を解約する旨申入れ右郵便は翌十九日被告に到達したから右賃貸借は同日から六ケ月后の昭和三十二年一月十九日の経過と共に解除せられている。

(三)、然るに被告は今日に至る迄係争部分の明渡をなさず原告の利用収益を妨げその相当賃料である一ケ月六百三十二円の割合による損害を蒙らしめつつある、よつて原告は被告に対し第一に本件家屋の内係争部分の不法占有を理由に所有権に基き第二に正当事由に基く賃貸借契約解約の申入によるその終了を原因に請求の趣旨第一記載のとおり係争部分の明渡と原告の本件家屋の取得以后であつて而も右賃貸借終了の日の翌日である昭和三十二年一月二十日以降係争部分の明渡ずみに至る迄前記割合による損害金の支払とを求める。

(四)、請求の趣旨第一記載の物置が右部分以外の本件家屋と一体をなしその構成部分であつて建物としての独立性を有しないことは後記のとおりであるが、仮にそれが独立の建物であつて右家屋とは別個の存在として被告の所有に属するとすれば原告はつぎの事実を主張する、即ち原告は右家屋の所有権を取得すると同時にその敷地六十二坪三合七勺を所有者の訴外麻岡法四郎から賃借しているところ被告は正権原なくして右地上に前掲物置を所有し原告のその敷地の利用収益を妨害しているよつて原告は右敷地の賃借権者としてその賃借権を保全するため敷地の所有者である右訴外麻岡に代位し同訴外人の有する妨害排除請求権を行使し被告に対し右物置を収去してその敷地を明渡すことを求める従つて結局この場合には請求の趣旨第二記載の判決を求める(ただしこの場合においても明渡を求める家屋部分の賃料相当の損害金額については請求の趣旨第一の場合と異らない)。

三、答弁の趣旨。

主文同旨の判決を求める。

四、答弁事実および主張。

(一)、請求原因(一)の事実につき、本件家屋(ただし原告主張の物置を除く)が原告の所有に属することおよび右家屋の所有権が原告主張の経過により順次移転し且つその主張のとおりその移転登記が経由せられたことは認めるが右物置が原告の所有に属することは否認する右物置は右家屋とは関係なく被告において昭和二十三年頃建築し爾来今日に至る迄自ら所有し且つ占有する独立の建物である又被告が原告主張の頃から右物置を除く係争部分を占有していることも認めるが、右占有はつぎの権原に基く、即ち原告は昭和二十三年頃以降当時の所有者訴外藤田キクから右部分を含む本件家屋一棟全部(前記のとおり物置は含まれない)を期間の定めなく賃料一ケ月二十五円と定めて賃借しその后原告主張の経緯による右家屋の所有権移転の都度新所有者において右賃貸借につき賃貸人の地位を承継し今日に至つている(賃料はその后一ケ月六百円に増額せられ又右一棟の内係争部分以外は昭和二十八年頃から訴外米山元治らにおいて事実上これを占有し今日に至つている)従つて被告は尠くとも前記占有部分の賃借権をもつて原告に対抗しうる。

(二)、請求原因(二)の事実につき、右事実中被告および訴外米山元治が原告主張の頃から本件家屋の内原告主張の部分をそれぞれ占有使用していること(ただし階下の四畳一室は昭和三十一年十一月二十五日以降訴外米山哲男において占有)被告が原告からその主張の日主張の趣旨の内容証明郵便を受取つたこと被告が他に家屋を数戸所有していることはそれぞれ認めるが、原告が正当事由として主張しているその余の事実は全部争う。被告は前記のとおり昭和二十三年以来本件家屋(ただし物置を除く)を賃借し今日に至つているがその間賃料は一ケ月分すら滞納したことがない又家族は被告夫婦と子供四名の計六名であつて家屋の広さから見ても相当の家族数であり今直ちに適当な転居先を見付けることは困難である又被告所有の家屋は何れもこれを他人に賃貸し早急にその明渡を受けることは不可能であるこれに反し原告の主張によれば原告の家族数は原告夫婦と子供二人の計四名であつて而も一時その居住場所に困つてはいないもともと原告は本件家屋の内階下と階上の各六畳一室に被告がその家族五名と共に賃借居住し階下の四畳二階の六畳各一室に訴外米山元治が居住し他に居住する室のないことを充分知りながらこれを買受けたものであり而も原告は売主の右米山からその占有部分の明渡を求めてここに居住するならば少しも不自由を感じない筈であるのにこの方法を取らず賃借人の被告に対しその占有部分の明渡を求めているのであつてその態度は不可解である要するに原告側には物置を除く係争部分の明渡を求めるにつき正当事由があるものとは言い難く仮に正当事由があるとしても前掲諸事情殊に原告が売主の右米山に対しその占有部分の明渡を求めず賃借人の被告に対しその占有部分の明渡を求めて賃貸借契約を解除することは解除権の濫用と言うべきであるから何れにしても原告のなした解約の申入れはその効力を生じない。

(三)、請求原因(三)の主張事実は争う。

五、被告の主張事実に対する原告の答弁、主張。

請求の趣旨第一記載の物置が右部分以外の本件家屋と別個独立の建物であるとの被告の主張は否認する、仮に右物置が被告によつて建築せられた建物であるとしてもそれは前掲家屋に作り掛けた下屋に過ぎず右家屋からも自由に出入のできる増築部分であつてその利用的価値から言つても社会通念上右家屋とは別個独立の存在であるとは思われないからいわゆる附合の法理により前掲家屋の一部を組成し従つて右家屋の所有権の客体としてその所有は右家屋の所有者である原告に帰属するものと云うべきである、又被告が本件家屋につきその主張の賃借権を有することは否認する、被告その余の主張事実は争う。

六、証拠。

(原告)

甲第一ないし第五号証、同第六号証の一および二(同号証は昭和三十二年九月中原告が撮影した本件係争現場の物置の写真)、同第七ないし第十号証。証人米山元治、星名又蔵の各証言、原告本人星名八太郎に対する尋問の結果。

検証の結果。

乙第二号証の一ないし十同第三第四号証の各成立を認める同第五号証が被告主張の趣旨の写真であることを認める、その余の乙号各証の成立は不知。

(被告)

乙第一号証の一ないし三、同第二号証の一ないし十、同第三ないし第五号証(ただし第五号証は昭和三十二年二月頃被告が撮影した本件係争現場の物置の写真)、同第六号証の一、二。

証人泉保、臼井愛子の各証言、被告本人太田正好に対する尋問の結果。

甲第一、二号証、同第五号証、同第七ないし第十号証の各成立を認める同第六号証の一、二が原告主張の趣旨の写真であることを認める、その余の甲号各証の成立は不知。

理由

一、先づ所有権に基く係争部分の明渡請求の当否について判断する。本件家屋の内原告主張の物置を除くその余の部分が原告の所有に属することおよびその所有権が原告主張の経過により順次移転し且つその主張のとおり移転登記が経由せられたこと被告が係争部分を昭和三十一年三月十二日以前から今日に至る迄占有していること、以上の各事実は当事者間に争いがない。而して右物置は被告において昭和二十三年頃建築し昭和三十一年十一月二十八日その所有権の保存登記を経由したものであることは成立に争いのない甲第五号証乙第四号証第三者作成に係り真正に成立したものと認められる乙第六号証の一、二と被告本人太田正好に対する尋問の結果とを綜合することにより認められるが、本件係争現場の物置の写真であることにつき当事者間に争いのない甲第六号証の一、二と右本人尋問の結果検証の結果を綜合すると右物置は本件家屋の他の部分の階下北側に密着して建築せられた建坪二坪七合程の木造の小屋であつてその柱壁板屋根等は右家屋のそれとは全然別個のものが使用せられ構造上独立のもののように見受けられるが屋根はブリキ板を載せた粗末なものであり壁は漆喰を使用しない板張でありその内部には柱、仕切部分もなく床は板張であつて畳敷の個所はなく台所便所電気水道瓦斯の設備もない極めて粗末な小屋であり被告一家は同所を物置として使用し而も同所えのその主たる出入口は前掲家屋の階下六畳間の北側にある幅一間の外窓であつてその窓のガラス戸が右小屋の南側扉を兼ねていて被告一家は日常右ガラス戸から右小屋に出入し用を足しているものであることが認められるから右小屋はその構造広さ経済的利用価値前掲家屋との利用関係等から見て右家屋とは別個独立の建物と見るよりもむしろこれに附随し作り掛けたその一部を構成する増築部分であり而も右家屋と併合してはじめて建物としての経済上の効用を全うすることができるものと見るのが相当であつて民法の附合の法理によりその増築と同時に前掲家屋の一部を組成し従つて右家屋の所有権の客体としてその所有は右家屋の当時の所有者に帰属しその所有権の移転と共に結局原告に帰属するに至つたものと言わなければならない。つぎに被告は係争部分の占有権原として賃借権を主張し被告本人太田正好に対する尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし三成立に争いのない乙第二号証の一ないし十と右本人尋問の結果とを綜合すると被告は昭和二十年頃前掲物置を除く本件家屋一棟全部を当時の所有者訴外藤田キクから期間の定めなく賃料一ケ月二十五円と定めて賃借し同所に居住しその内係争部分については今日に至る迄引続き賃借人としてこれを占有使用して来たがその余の部分についてはその間つぎつぎと占有者が変り今日に至つていることが認められる而して右賃貸借契約の終了原因については原告は何等の主張も立証もしていないから尠くとも係争部分については今尚賃貸借関係が継続しているものと認むべきであり而もその所有権が原告主張の経過により順次移転し且つその主張のとおりその移転登記が経由せられたことは当事者間に争いのないところであるからその所有権の移転の都度新所有者において右賃貸借につき賃貸人の地位を承継し結局現在においては原告がその賃貸人として賃借人の被告から尠くとも係争部分についての賃借権をもつて対抗せられるものと言わなければならない従つて所有権に基く原告の右部分の明渡請求はこの点において失当である(もとより本件の場合右賃借権は前記物置にも及ぶものと解するのが相当である)。

二、つぎに正当事由に基く賃貸借契約解約の申入によるその終了を原因とする係争部分の明渡請求の当否について判断する。被告および訴外米山元治が原告主張の頃から本件家屋の内原告主張の部分をそれぞれ占有使用していること(ただし被告は、階下の面畳一室は昭和三十一年十一月二十五日以降訴外米山哲男において占有していると主張し、右事実は被告本人尋問の結果により認められる)被告が原告からその主張の日主張の趣旨の内容証明郵便を受取つたことは被告の認めて争わないところであり、原告が係争部分の明渡を求めるについての正当事由として主張している原告側に存する事情は証人星名又蔵米山元治の各証言原告本人尋問の結果を綜合することにより認められる、又被告側に存する事情としては、成立に争いのない乙第三号証と被告本人尋問の結果とを綜合すると、被告は昭和二十年以降本件家屋(ただし物置を除く)を賃借しその頃から現在に至る迄尠くとも係争部分を引続き占有使用して来ているのであるが被告の家族は被告夫婦と何れも相当年令に達している子女四名(大正十五年生の長男、昭和六年生の四男、昭和十一年生の長女、昭和十五年生の五男)の計六名(最近長男は妻帯した)であり係争部分が狭溢であるところからその居住に不自由を感じていること被告は他に数戸の家作を所有し(被告が数戸の家屋を所有していることは当事者間に争いがない)何れもこれを他人に賃貸しているところから転居先としてその一部の明渡を求めているが早急にその明渡を受けることは困難な事情にあることがそれぞれ認められる、以上の各事実を比較すれば、原告は本件家屋を自己を含む家族四名の居住用に買受けながらその売主である米山元治に対しその占有する部分(右売買当時は六畳と四畳の二室)の明渡を求めないでかえつて従前からの賃借人である被告に対しその占有部分の明渡を求めている而も証人米山元治の証言によれば売主の右米山は原告に対し何時でもその占有部分(現在は六畳一室)を明渡す意向を持つていることが認められる(他の四畳一室の現在の占有者は右米山元治の義弟である米山哲男であることは被告本人尋問の結果により認められるから原告は比較的容易に右室の明渡をも受けられうるものと考えられる)従つてかかる場合賃貸家屋の買主としては他に特段の事情のない限り先づ売主の占有部分につきその明渡を受けてここに居を移し尚甚だしく狭溢不便等を感ずるならば改めて賃借人に対しその占有部分の一部ないしは全部の明渡を求め又は家屋の利用関係につき相手方の譲歩を要請することが信義則の要求するところであると解するのが相当であるところ本件の場合他に特段の事情が認め難い、もつとも証人米山元治は、被告は昭和三十一年三、四月頃迄に係争部分を明渡すと言つていることを他人を介して聞知した旨証言し、原告本人も、米山元治からその旨を告げられたので本件家屋を買受けた、と供述しているが、右は何れも他人からの伝聞に過ぎず而も証拠上被告が右明渡を確約した事実は認められない、又被告が他に家作を数戸所有していることは当事者間に争いのないところであるがそれは何れも他人に賃貸し早急にその明渡を受けることの困難なことは前記認定のとおりであるから、右各事情を特段の事情となすには足りない従つて結局原告側には係争部分の明渡を求めるにつき正当の事由があるものとは認め難くその存在を前提とする解約の申入はその効力なく原告の請求は失当と言わなければならない。

三、以上のとおり原告の本訴請求は全部失当であるからこれを容認し難いものとして棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤恒雄)

(別紙)〈省略〉

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